自己実現

【徹底論争】暇は人をダメにする?それとも次に進むための修行期間?

忙しいばかりの日々を送っていると、人はゆっくりしたいと思います。

ところがいざゆっくりするとなると、やがて人は暇と感じるようになるのです。

人の気持ちは常に移り変わるもので、一定の場所に留まっていません。

実態の掴めないこうした問題は、どのように付き合っていけば良いのでしょうか?

 

そもそも人にとって、暇とは一体どういったものなのでしょうか?

この議論はさまざまな意見があって、答えを導くのはとても難しいものです。

 

ずっと暇な時間を過ごしていると、人はついダラケてしまいます。

空いた時間を埋めようといろんな予定を入れて、気を紛らわせたりするのです。

多くの人にとって、暇はあまり良いイメージを持っていなのかもしれません。

できれば暇とはあまり付き合いたくない、と思っている人は多いのではないでしょうか?

暇と言う人の特徴について

暇と言う人は、たいていにおいて自分の時間を生きていません。

第一線で活躍しているすごい人たちは、暇なんて口にすることはないのです。

空いた時間は、家族のためや自分のために使っています。

暇と言っている時点で、時間の使い方が非常に疎かになっているのです。

 

時間を与えられたときに、スポーツや勉強に打ち込む人もいれば、ただ漫然と過ごしてしまう人もいます。

前者は放っておいても勝手に伸びていきますが、後者は放っておくとダラケてしまいます。

暇な時間をいかに有効に活用するか、自己実現に向けて意識を向けるのが効果的です。

誰もが等しく24時間しかないので、スキマ時間を有効に使うことが大切なのです。

誰が暇なのか?なぜ暇なのか?

暇と言う人は、主に子どもや学生の人たちが多いのです。

大人のように自由に振る舞うことができず、制限された中で生きている上に、時間がたくさんあるので、どうしても暇と感じることが増えていくのです。

大人になると、暇と言う人はほとんどいません。

代わりに増えるのは「忙しい」という言葉です。

大人になると、仕事や家庭、子育てなどに追われて、暇なんて言っていられなくなります。

時間がいくらあっても足りない、猫の手も借りたい、そういった状況になるのです。

 

これはわたしの実感ですが、暇とずっと言っていた人に限って、大人になると、ずっと忙しい、と言っているように思います。

ここで言えることは、時間の使い方が下手、ということに尽きます。

暇とか忙しいとやたら言う人は、一度自身の時間の使い方を見直すべきです。

その時間の使い方は、本当に自分のためになっているのでしょうか?

暇は贅沢の一種

暇があるというのは、本来とても贅沢なことです。

しかし暇を持て余し、何をして良いか分からなくなっている人が多いのは事実です。

何か明確な目標があって前を向いて進んでいる人は、暇な時間なんてありません。

しかしボーッと生きている人にとって,暇はいたずらに時間が過ぎるだけで終わります。

どちらが良いかは、論じるまでもなく明確です。

時間が経つにつれて、その差は埋めがたいほど大きなものになっていきます。

 

暇だと感じている人は、いま一度、自身を見つめ直すことが大切です。

暇は使い方によっては生産的にもなるし、時間が過ぎるだけの無意味な時間にもなります。

一度きりの人生、自分の時間を懸命に生きたほうが良いのではないでしょうか?

懸命に生きていれば、暇なんて言葉なんて口にしなくなります。

 

暇を感じているのは、熱中できる何かを見つけていない可能性があります。

夢中になって取り組んでいれば、暇なんて感じることはありません。

まずはやるべきことを見つけて、ひたすらに励んでいくことではないでしょうか?

スポーツでも勉強でも何でも良いですが、競争のフィールドに身をおけば、自ずと自分のやるべきことが、見えてくるのではないでしょうか?