クラシック

【名演奏】チャイコフスキーの交響曲はムラヴィンスキー1択!

クラシックの名演は数多くあれど、これほど純度の高い演奏は滅多にお目にかかれるものではない。まさに至高のチャイコフスキーである。

いままでに数多くの指揮者、演奏者がこの作品に取り組んできた。

チャイコフスキーは、ロシア音楽の最高傑作である。

いつの時代も必ずどこかで、チャイコフスキーは演奏されている。

甘美なメロディは、わたしたち日本人が非常に好むものである。

クラシック音楽の名曲は数多くあれど、これほど愛されるシンフォニーはなかなかあるものではない。大変な人気を誇る屈指の曲なのだ。

 

ムラヴィンスキー指揮、レーニングラードフィルハーモニー管弦楽団、の演奏は1960年に録音されているので、もう半世紀も前のものである。

この演奏を超えるものに、わたしはいまだにめぐり合ったことがない。

ムラヴィンスキー指揮のチャイコフスキー4~6番は、あらゆるクラシック音楽でも、もっとも聴いた1つである。

クラシック音楽を聴いていて、心から良かった、と思える瞬間である。

5番の第4楽章のラストを聴くと、心からそれを思う。

 

これまでに多くの団体、指揮者が、この曲に挑んできた。

いまでこそ当たり前のように演奏されているけれど、この曲は大変な難曲である。

もし興味がある人は、楽譜スコアを買って実際に見て欲しい。

とんでもない量の音符が並んでいて、思わず反吐が出そうになる。

演奏者はこんなにも複雑なことをしているのか、と思うと、改めて尊敬の念を抱く。

この曲を攻略するのは、並大抵のことではない。

チャイコフスキーは、交響曲第6番『悲愴』において、ffffとか、ppppppとか、普通であればあり得ないほどの強弱の指示を残している。

ppppppを発音すると、ピアニッシシシシシモである。

 

数ある演奏の中でも、ムラヴィンスキーとレーニングラードフィルハーモニーの演奏は、ひと際異彩を放っている。

ほかと比べて圧倒的な完成度を誇っていて、何度聴いても飽きることがない。

それどころか、聴けば聴くほど演奏レベルのすごさをまざまざと感じさせられる。

これほどまでに素晴らしい演奏に出会うことは、なかなかあるものではない。

クラシック音楽の歴史においても、屈指の名作である。

 

これほど気高いチャイコフスキーを、わたしはほかに聴いたことがない。

チャイコフスキーと言えば、甘美でメランコリックなイメージが想像される。

しかし、チョコレートような甘い香りはそこにない。

どこまでも冷徹で、徹底的に向き合う姿がそこにある。

峻険で眉をひそめ、常に孤高であり続けようとする。

高い理想と巧みなバランスが見事に混ざりあった、孤高のチャイコフスキーなのだ。

あるいは徹頭徹尾高みを目指した、峻険なチャイコフスキーとも言えよう。

 

普通であれば、あまりの精神性に客はついていくことができない。

ニーチェやカントの哲学書を読んで、深く共鳴できる人はほとんどいない。

しかしそこに気難しさはないし、とっつきにくさもない。

聴く者に対しては、常に広い心で受け入れてくれる。

ムラヴィンスキーが厳しい目を向けているのは、すべて演奏者に対してである。

 

それしてもレーニングラードフィルハーモニー管弦楽団は、恐ろしい戦闘集団である。

1人ひとりの技術はもはや、論じるまでもない。

世界を見渡しても第一線級の素晴らしい腕を持った者たちが集まっている。

ただ、腕の良い者たちを集めただけの集団ではない。

ムラヴィンスキーという独裁的な指揮者が、彼らを取りまとめて、戦う集団へと仕立てている。

1人ひとりだけでも恐ろしくレベルの高い精鋭たちを、見事にまとめ上げていく。

一切の妥協を許さず、恐ろしく統制の取れた様子は、北朝鮮の軍隊も顔負けである。

絶対的権力がなければ、これほどの統制を取ることができない。

普通ではあり得ないレベルまで、演奏が引き上げられている。

 

この演奏が唯一無二と言われる所以もそこにある。

当時の状況を再現することは非常に難しい。

技術水準が大きく向上した現代のオーケストラでも、これを真似することはほとんど不可能なのではないか?

組織を取りまとめる人は、往々にしてカリスマ性が求められる。

クラシック音楽の指揮者、サッカーの監督、独裁的な政治家。

リーダーシップを発揮することで、組織の純度を極限まで高めていく。

これらはすべてが戦い、代理戦争なのだ。

独裁は決して悪いことではない。

暴走することもしばしあるが、1つの方向に向かってそれが一致団結すれば、あり得ないほどのものができ上がっていく。

そこには、個性とか自我とか個人的な思惑や感情は、入り込む隙間すらない。

組織が団結したときの強さは、個人には到底及ばないものなのだ。

 

日本のオーケストラは、どこか控え目というか、個性よりも協調に重きを置くフシがある。

ただお互いに譲り合って、結果、無個性な音楽に終止している、みたいなものをわたしは何度か目の当たりにしてきた。

世界的なソリストを輩出する一方で、世界的なオーケストラは十分に育っていない。

日本のオーケストラにも是非とも頑張って欲しいものである。

 

カラヤンとかゲルギエフとか、ほかにも素晴らしい演奏はたくさんあるけれど、ムラヴィンスキーの演奏はあまりに突出しているので、興味のある人は是非一度聴いてみて欲しいと思う。