オピニオン

【考察】炎上について思うこと(好感度が上がった人たち)編

炎上芸が板についている人がいる。

本人が狙ってやっているかと言うと、決してそんなことはない。

良かれと思ってやってみたら炎上した、みたいな事例が多い。

炎上するとどんな気持ちになるのか、経験がないので分からない。

決して気持ちの良いことではないけれど、逆の見方をすれば、パワーがあって注目される存在、とも言えるのではないだろうか?

 

炎上も続けていくと、やがて好感度に変わっていく人がいるから面白い。

わたしがパッと思う浮かぶ有名人で言うと、南海キャンディースの山里亮太、キングコングの西野亮廣、社会学者の古市憲寿などが思い浮かぶ。

彼らに共通して言えるのは、周りに流されることなく、自身のポリシーを貫いたことだと思う。

自分のやるべきことをやっただけで、それがなぜか炎上に遭ってしまっていた、のかもしれない。

自分から燃やしに行こうという意図は、それほどないように思う。

気がつけば周りがザワついて燃えていた、といった感じではないだろうか?

 

叩いている側の心境はどういったものだろうか?

叩く人の心境は分からないので想像でしかないけれど、どこかでポジションといったものを意識していて、その割にデカい態度を取っているとか、のっぴきならないことを言っているとか、まるで当事者のように考えているのかもしれない。

どんな意図で言っているのか?どんな腹づもりなのか(素直なのか、腹黒いのか)うまく読み取ることができず、警戒の気持ちがあるように思う。

それ相応の振る舞いをしていないと感じて、思い切り叩くのかもしれない。

 

炎上を例えて言えば、外野から石を投げる行為である。

誰かが言い出したものを、尻馬に乗ってどんどんと加速させていき、気がつけば炎が燃え上がっていく、ということである。

謎の正義感にわたしは違和感しか覚えないけれど、本人からしてみれば、懲らしめたいという思いがあるのかもしれない。

 

しかしそんな炎上に臆することなく、彼らは淡々と自分の仕事をこなしていった。

そしていまでは、すっかり好感度の高い人たちとなっている。

数年前に比べたら、ものすごい変化だと思う。

山ちゃんは結婚で株がうなぎ登り、西野さんはビジネスが絶好調、古市さんもコメンテーターで引っ張りだこである。

嫌い嫌いも好きのうち、とはよく言ったものである。

今後のことは誰にも分からないけれど、彼らを見て言えることは、とにかく突き抜けてしまえば、許されるのかもしれない。

 

炎上は、最大瞬間風速、みたいな面がある。

一瞬すごい風が巻き起こるけれど、長くは続かない。

テレビのニュースとかワイドショーを見ていれば、人々がいかに飽きっぽいかが分かる。

巻き込まれてしまったら、不運以外何者でもない。

時折話題に上る不倫騒動だって、関係者に謝るのは当然だけど、部外者がモラルを盾にして批判する意味が分からないし、世論の声に煽られて、当事者が記者会見で世間に謝るのも分からない。

世間の声って、一体何なのだろうか?

得体の知れないもの、あってないようなもの、としか思えないけれど、よく分からないものに突き動かされて、謝らされるということは、考えてみれば恐ろしいことだと思う。

 

昨今の研究によると、炎上を書き込んでいるのは、ほんの数%の割合しかない、とも言われている。

わずかな人たちが繰り返し書き込むことによって、あたかも数が多いように感じる、といった話を聞いたことがある。

また炎上に加担している人たちと会うと、実際はものすごくおとなしいという話もよく耳にする。

わたしもSNSで別人格になる人を、これまでに何人か見てきた。

普段はものすごくおとなしいけれど、ネット上になると過激なことを言ったりやたら強気だったり、戸惑うことは多い。

車の運転をすると別人格になる人がときどきいるけれど、ネット上で別人格になる人も、同じように存在して、それを目の当たりにするとけっこう怖い。

ネット弁慶というものがなぜ生まれるのか、わたしには謎である。

 

ネット弁慶は果たして正常なのか?何か病気なのではないだろうか?

わたしは専門家ではないので、詳しいことは分からない。

人にはいろんな側面があって、何が正しいとか何が間違っているとか、一概には言えない。

彼らはものすごく好戦的で容赦なく言葉を浴びせてくるからとても怖い。

そして炎上に立ち向かうのは、すごく勇気のいることだと思う。

 

願わくば、わたしは炎上とは無縁の日々を送りたい。