自己実現

【仕事】初耳学 働きたくない高学歴ニートを見て感じたこと

働きたくないという若者は非常に多い。

わたしが学生の頃「働いたら負け」と言っている人が周りに何人かいた。

この価値観はいまでも学生の間に一定数あるように思う。

 

働きたくない高学歴ニートは、自分たちの働かない理由を理路整然と語る。

労働に意味はない、仕事がダルい、自分のやりたいことではない・・・。

さまざまな理屈をつけて、何もしていない自身の行いを正当化する。

親のスネをかじって何の責任も負わず、ただ自分のやりたいことを好きなだけやる・・・。

大人が見れば、思わず眉をひそめてしまうことが平然と行われている。

また、発言のところどころに、働いている人をどこか下に見ているように感じたりする。

働いたら負け、という意識がどこかにあるのだろうか?

高学歴で頭の回転が速いからこそ、余計にタチが悪い。

 

就職したくない、働きたくない、というのであれば、それでもいいと思う。

逃げたいのであれば、徹底して逃げればいい。

モラトラアム期間中に、何かが見つかるかもしれない。

信念を持ってやっているのであれば、決してそれを否定はしない。

 

ただ区切りをつけていないと、ダメだと思う。

こういった例でよくあるのは、いつまでも夢を見て一向に進まないまま、時間だけが進んでしまうことである。

自分はできると勘違いして、無駄に歳を取ることほどダサいことはない。

30歳や40歳にもなって、ずっとそのままでいいはずがない。

ところが口だけ達者で、行動に移さない輩があまりにも多いのだ。

逃げ続けている間に何かが見つかればいいけれど、そのままズルズルと社会に貢献しないまま暮らしていけば、単なる社会のお荷物である。

社会に何1つ貢献していない中年ほど、みっともないことはない。

最近になって、中高年の引きこもりが問題化しているけれど、このまま進めばそういった予備軍に成りかねない。

するとしまいには、自分がうまくいかないことを棚に上げて、社会のことを悪く言うようになったりするのだ。

 

若者であればまだやり直すことができる。

歳を取って、いまだに責任を果たさずに野放図に居座っているのであれば、もはや救いようがない。

自身にきちんとした考えがあって、非難されることも覚悟の上で、信念を持ってやっているのであれば、ニートも決して悪くない。

ただ、そういった覚悟のある人はむしろ少数である。

イヤなことから徹底的に逃げて、流れ着いただけの人が多い。

そうであれば糾弾されても仕方がないと思う。

 

高学歴ニートは、人より頭の回転が速い分だけタチが悪い。

端から見てあまりいい気分になれないのは確かである。

せっかくの頭の良さを、自分の都合ばかりに使ってしまう様子を見て、残念と思わずにはいられない。

その頭脳は絶対に別のどこかで活かせるはずなのだ。

 

働きたくない、不労所得が欲しい、といったことは、しっかりと働いている人が口にするのは問題ないけれど、高学歴ニートのような、ちゃんと働いていない人が口にしたら、たちまち非難を浴びることになる。

ラクをする前にまずは働け、そう言われるのがオチである。

こういったものを見るたびに、常々わたしは疑問に思う。

彼らはテレビに出てきて、批判の矢面に立つことをどう考えているのだろうか?

わたしには、テレビ局によるかなりの演出が含まれているように思う。

正論や倫理に付き合わされることほど面倒なものはない。

普通であれば、文句を言われない程度にうまくやっていくのが、もっとも賢いやり方である。

高学歴なのだから、それくらいの損得は備わっているはずなのだ。

 

いろいろと正論ぶったことを言ったけれど、かく言うわたしも、できることなら働きたくない。

いや、こう言うと少し語弊がある。

正確に言えば、お金に困らないくらいたくさんの蓄えがあって、働いても働かなくてもいいという状況が欲しい、ということである。

わたしはいまのところお金がないので、文句を言わず働いている。

お金がたくさんあれば、労働から解放されることになる。

できることなら、労働せずとも暮らしていけるようになりたい、というのが正確である。

ただ、もしお金がたくさん手に入っても、おそらくわたしは働くと思う。

満員電車に揺られて消耗したくない、イヤな仕事で神経をすり減らしたくない、という思いはあるけれど、好き勝手にお金を散財する生活を送ったところで、多分すぐに飽きてしまうと思う。

仕事で社会と繋がっていたいし、第一線で活躍する人たちに触れて刺激を受けたい。

しっかりと稼いで、きちんと税金を収めて、国に貢献する。

そのかわり、政治に対して文句を言う。

わたしはそういうスタンスで取り組んでいる。

 

1人でも多くの人が、働くことに何かしら価値を見出だせる社会であってほしいと思う。