ジッタリンジン

ジッタリンジンの『ロッキング・オン』インタビューを考察する

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2001年4月号の雑誌『ロッキング・オン』で、ジッタリンジンのインタビューが掲載されています。

※この号のメインコンテンツは、あゆの4万字インタビューで、非常に読み応えがあります。

わたしは後発のファンなので、当時の様子をほとんど知りません。

活動内容やバンドに関する心境などについて、ものすごく興味がありました。

ジッタリンジンの活動実態がよく分かる、素晴らしいインタビューです。

 

ジッタリンジンは音楽バブルと言われた90年代に活躍しました。

ジッタリンジンの楽曲のクオリティの高さは、もはや疑いの余地がありません。

ただし実際には、お世辞にも評価が高いとは言えない状況です。

良い音楽と売れる音楽は、必ずしも相関関係ではないと、つくづく思います。

 

ジッタリンジンのような素晴らしい音楽が、埋もれてしまっていいはずがありません。

かつて90年代に活躍した才能あふれるバンド、という括りだけで終わらせては絶対にダメです。

どんなに小さくてもいいから絶対に灯を絶やさないこと…。

ジッタリンジンのファンとしては、次代に引き継ぎたいと思ったりするのです。

 

中島みゆきさんの『糸』は、発売当時それほど大ヒットだったわけではありません。

しかし多くの人がカバーをして、脈々と受け継がれています。

どんな分野でも古典と言われるものは、「広く浅く」ではなく「狭く深く」です。

ジッタリンジンの楽曲は、深く突き刺さるものばかりなのです。

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ジッタリンジンのインタビューについて

『ロッキング・オン』では、2ページに渡ってジッタリンジンのインタビューを行っています。

『ロッキング・オン』に掲載された中から一部を抜粋します。

ジッタリンジンの活動について

●イカ天のあとの活動あたりからお聞きしたいんですが。

春 横浜アリーナが終わって忙しくてしんどかったから、奈良に1回帰ろうって引っ越したんですよ。んで、そのまま『こっち(奈良)におって仕事が出来たらええな』って思って住みっぱなしなんですけど。音楽を作ることは全然不便ないですけど、単純に宣伝の面では、東京の方が楽ですよね。そういうところ活動があまり表面立って来なくなったっていう。

●イカ天やチャートに躍らされた感や憤りを感じて既存システムに頼らないやり方をしていこう、って意識があったんですか?

破 そんなん、全然ないですよ。イカ天なんてむちゃくちゃ宣伝になりましたしね。イカ天出る前にコロムビアが決まって事務所が決まって。で、その事務所の社長が「東京の状況凄いから、取りあえず1回出てみよう」って。出てみたらえらいこといなったな。

●イカ天をきっかけに、その後『プレゼント』が売れるわけじゃないですか。そこでコンスタントにリリースしていけば、もっと加速つけていけたんじゃないかなって。

破 考えてなかったな。生活するペースとか、そういう方を気にしてた。それで東京を離れのも大きいし。

春 音楽はどこに行っても生活にくっ付いてくるようなもんやし。「なんとかなるやろ!」って思ってた(笑)

ホワイトベリーに関すること

●ホワイトベリーが売れています。

春 わたしじゃない人が歌っているのを聴いて、「改めてええ歌やなあ」って思いましたね。

●楽曲の提供はなぜああいう形に?

破 もともと、作詞、作曲の依頼が来たんですが、「アレンジとプロディースをする人がいて、その人でないと困るんです」という話になって。それでは困るとなり、「それならカバーなら?」という話になり、いいよ、って。

●再ブームとか言われて引いてるような部分がありますよね。実際どのように感じていますか?

春 ホワイトベリーで再注目されたって、それってあたしらがずっと頑張ってやって来たことを一言で否定する訳じゃないですか。確かにまた見てくれた人は居ると思いますよ。でも、「あたしら、今まで一生懸命やって来たのになぁ…」って。

※インタビュー内容は、すべて雑誌『ロッキング・オン』から引用しました。

ジッタリンジンは常にマイペースを貫いていた

インタビューから感じたのは、自分たちの音楽をやるという確固たる姿勢でした。

90年代は空前の音楽バブルでしたが、一方でいろんな縛りも相当きつかったのではないでしょうか?

いまのようにSNSもなく、既存のメディアに頼らなければやっていけません。

ジッタリンジンは、マイペースを貫いて淡々とこなしていました。

 

わたしは既存のやり方に対する、反骨心があるのかと思っていました。

しかし破矢さんはあっさりと否定して、ものすごくカラッとしながら、イカ天の宣伝効果を口にしていました。

イベンターを介さずに自分たちでやるなど、インタビューからは苦労も垣間見えてきます。

一連のやり取りの中で、入江さんと春川さんが返した言葉には重みが感じられます。

●大きな会場で演るのにイベンターを入れない、というのは、そういったところに楽しさを見出してされているんですか?

入 「楽しい」って言ったら、語弊があると思うんですよ。

春 凄い現実的ですよ。「お金儲けしたいからTシャツ作ろう」とか。「お金の為にやるんとちゃう」とか、そんなこと言うてられへんような時もあった。

ジッタリンジンのような素晴らしい音楽を生み出しても、けっこう大変だった様子が、春川さんの発言から見て取れます。

ジッタリンジンは、ライブ会場限定のCDを発売するなど、ファンを非常に大切にしていました。

いまならSNSがありますが、当時は便利なツールもなくて、大変だったと思います。

インタビューの最後に春川さんが言った言葉が、個人的には刺さりました。

春 変わりたいと思って変わって行く分には全然良いと思うんですけど、「新しいことせな、あかんのかな」とか思ってやるっていうのは、せんでもええんちゃうかなって。

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最後に

雑誌『ロッキング・オン』は、貴重な情報がたくさん詰まっていました。

ここで取り上げたのはほんの一部で、実際はもっといろいろと書いています。

20年近く前に発行されたものなので入手は難しいかもしれませんが、気になる人は中古市場や図書館などで探してみて下さい(筆者は中古市場で手に入れました)。

ジッタリンジンの音楽を聴く際の、一助となれば幸いです。

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